古代中国の春秋戦国時代とは?

周の遷都

紀元前11世紀ごろからずっと、中国は周という王朝によって支配されていました。周は王によって統治され、有力な諸侯たちと封建制度による主従関係を築いていました。

しかし紀元前770年、周の王都であった鎬京(こうけい)が西側から来た犬戎という異民族の襲撃を受けました。この事件によって周の王朝は都を遷都する以外他ならず、王都を洛邑(現在の洛陽)に移転させました。

異民族からの攻撃によって遷都してしまった周王の権威は暴落し、王への信頼が揺らいだため、各地の有力な諸侯たちは自立して自らの力を高めていきました。自ら力をつけていった各地の有力な諸侯たちは、誰が一番強いのか?という観点で諸侯同士の争いを始めます。これが春秋戦国時代の始まりです。諸侯たちは、自らの自治領で軍事力を強化して互いに勢力拡大のためにぶつかり合います。

洛邑への遷都以前の周を西周、遷都以降を東周と呼びます。(単に都が東に動いたから) 春秋戦国時代は東周の時代と同時期に分類されます。

国家

具体的に春秋戦国時代に戦っていた勢力はどのようなものなのでしょうか?それぞれ見ていきましょう。

 

西の大国。結果的に春秋戦国時代を勝ち抜き、王は始皇帝として即位した。中華全土を支配する秦を建国した国。法律による厳格な支配の軍事大国。(キングダムの主人公は秦の大将軍を目指す少年。)

南の大国。広大な長江流域の土地を支配し、中原(中国内部)の諸侯の国とは一味違う雰囲気を醸し出す国。

東の大国。海に面した地域を支配し、生活に欠かせない塩と鉄を生産。富が集まるリッチな国。

北の大国。北方民族との戦いも同時並行の忙しい国。燕の長城と呼ばれるバリケードを作った。

中国のど真ん中にある大国。周の王様が弟と戴冠式ごっこ遊びをした結果、本当に土地を上げる羽目になって成立。後に分裂する。

韓・魏・趙

晋の部下たちがそれぞれ独立して作った国。晋が分裂してこの3国が生まれてから戦国時代となる。

春秋時代

春秋時代は、周の遷都から晋が韓・魏・趙に分裂するまでの間を表す呼び名です。この時代は各プレイヤーが、「王様を守るために戦う」時代です。いわゆる尊王攘夷と呼ばれる、異民族を排斥して王を敬うというやつです。もちろん各プレイヤー同士は争っていましたが、これは誰が一番王様の次に偉いのか?という観点でしたので、失望こそされてはいましたが、一応王様の権威は残っていました。

春秋時代は頼りない王様をゴリゴリの部下たちが頑張って暴力で守っているイメージが分かりやすいですね。

しかし春秋時代は、表向きは王様を守るために頑張ろう!という感じですが、実際は辛うじて残っている王の権力を使えるだけ使って、勢力を拡大してやろうという諸侯たちのぶつかり合いでした。

戦国時代

戦国時代は、晋という諸侯が韓・魏・趙という諸侯の国に分裂した事件以降を指します。春秋時代は、乱世を繰り広げていた有力諸侯は秦・晋・楚・燕・斉の5つでしたが、戦国時代は、晋が3つに分裂したことによって7つの国が争うようになりました。また、戦いの雰囲気も尊王攘夷を掲げていた春秋時代とは違い「王と他の諸侯をぶっ倒して俺が中国を支配する!」という露骨な目的になっていました。戦国時代にもなると、各諸侯が力をつけすぎたということもあり、流石に周王の権力はなく、中国を支配するのは誰が?というゴリゴリの群雄割拠の時代に突入していきました。

その後

結果的に春秋戦国時代は西の大国秦が他の国を潰して勝利しました。中華全土を収める国となった秦は始皇帝のもと厳しい法律によって強大な権力を持つ王朝へと進化していきました。このような強い王権は後の漢王朝などの礎となり、中華の文化や軍事、国力を強力にしていく先駆けとなりました。